2024.06.10
5:00起床
日本にいる時より早寝早起きで睡眠時間は短いけど、やる事いっぱいなので、今日も早起きします。
暑くなる前に朝の散歩へ。
¡Vamos!
まずはサマルカンドで一番行きたかった所へ向かいましょう。
シャーヒズィンダ廟群
7時オープンだが、15分前に着いちゃった。
ダメ元で中へ。
すると管理人っぽいおっちゃんが近づいてきて、袋を差し出し
「食べる?」
って。
袋の中を覗くと、揚げパンがたくさん入っていた。
どうやら朝ごはんをお裾分けしてくれるらしい。
三角形の揚げパン。
素朴な味だけど美味しかった。
おっちゃんもうちらが美味しいと言って食べてるのを見て満足したのか、
「まだオープン前だけど、中に入れてあげるよ。」
とチケットを売ってくれた。
しかも、
謎のディスカウント。
何故か安くしてくれた。
揚げパンもチケットもありがとう♪
早速、中へ。
シャーヒズィンダ廟群は、ティムールゆかりの人々が眠る霊廟群。
シャーヒズィンダとは「生ける王」と言う意味。
ダルヴォザハナ
ティムール朝第4代君主ウルグベクの命により建造。
天国への階段
この階段の段数を数えながら上り、帰りに下った時にも同じ段数であれば天国へ行けるらしい。
そんな事は知らず、行きも帰りも数えてないけどね。
キターーーーーーーーーーーーーーーーッ!!!!
このサマルカンドブルーの建物を見たかったの!!!!
誰もいない死者の通り。
最高だぁーーーーーーーっ!!!!
トゥグルテキン廟
ティムールの部下の将軍フセインの母の名から名付けられた廟。
奥に見える球体が上に乗っているのは
シリンベグ・アカ廟
ティムールの妹の廟。
アミールゾダ廟の内部へ。
霊廟なので、もちろん中には棺。
アミールゾダ廟はティムールの部下の将軍の息子の廟。
どの廟も天井も壁の模様も素敵。
アミールゾダ廟の向かいのトゥグルテキン廟の中へ。
こちらも天井や壁の模様が素敵。
こういう模様が好き♪
見飽きない。
振り返り、入って来た方を見る。
素敵〜♪
モザイク装飾されていないこの辺りは、埋葬者不明の墓ゾーン。
トゥマン・アカ廟(左)、フジャ・アフマット廟(奥)
トゥマン・アカ廟は、ティムールのお気に入りの妃の廟。
フジャ・アフマット廟は、廟群の様式を決定したとされる最奥にある廟。
トゥマン・アカ廟の内部。
早朝だったので、ほぼ貸切。
サマルカンドブルーを堪能したので、戻りましょう。
最後までテンション上がった。
天国への階段を降りる前に
カズィザデ・ルミ廟
遠くにレギスタン広場が見える。
手前はお墓。
こっちは一般人のお墓なのかな?
ハズラティヒズル・モスク
アフラシャブの丘の入り口に建つ、元ゾロアスター教寺院跡に建つモスク。
8世紀に建造された後、チンギス・ハーンに破壊され、その後も何度か建て替えられた。
現在の姿になったのは、19世紀。
何だか建物の上の方から手招きをするおっちゃんがいる。
うちらを呼んでる?何だろ?
とりあえず、近づいてみると、
「お金を払えば、そこの塔に登っても良いよ。」
と。
このモスク自体は無料なので、守衛のおっちゃんのポケットマネーになるだろうけど、記念に登ってみるかと登ってみることに。
眼下には、初代ウズベキスタン大統領のイスラム・カリモフの墓。
いや、意外と高い。。。
レギスタン広場も見えるね。。。
いや、めっちゃ怖ーーーーーーいっ!!!!
高所恐怖症なもんで、完全に腰が引けてる。
怖いと思うと余計に怖さがアップ!!!!
色んなところにつかまりながら、ようやく降りれた。。。
モスクの中を見に行きましょう。
通路の天井が何だかアジアンチック。
モスク内部。
イスラム・カリモフのお墓の周りは広場のようになっている。
柱や通路の天井の装飾が凄い。
遠くにレギスタン広場が見える。
ハズラティヒズル・モスクをあとに。
新しく出来たっぽい橋を渡り、宿へ戻りましょう。
昨日、最初に見に行ったビビハニム・モスクも朝は人がいない。
朝はどこも人が少ないので、観光するには良いね。
朝のお散歩を終えて宿へ。
部屋の目の前が朝食会場。
ウズベキスタンはドライフルーツとナッツは常備しているらしい。
お皿の形も可愛い♪
フルーツもてんこ盛り。
パンと野菜
てんこもフルーツの他にもメロンとスイカも出てきた。
私はメロンのアレルギーがあるので、旦那ちゃんが全部美味しく頂きました。
本日のポリッジ。
何だろう?
凄く粒が小さい。
味は甘めで美味しいんだけど、穀物なのか何なのか分からないまま食べ終わってしまった。
この宿は部屋数が少なめなので、ブッフェスタイルではないけど、次から次へとプレートが出てくる。
テーブルいっぱいの食べ物。
食後は宿の共有スペースでインスタをアップしたり、ブログを書いたり、せっせと作業。
どんどん暑くなるので、早めにまた観光へ。
珍しくツーリスト・インフォメーションへやって来た。
お目当ては地元の家庭での料理教室ツアー
申し込んだ時間が早かったので、今日の午後のレッスンに行けることに。
それまでサクサク観光しちゃいましょう。
ツーリストポリスの原付発見。
観光地なので、公衆トイレもある。
もちろん有料。
大体どこも¥40くらい。
ちゃんと人が付いていて掃除もしてるし、紙もある。
Yandexを使って、遠い場所から観光して行く事に。
ウルグベク天文台跡
アフラシャブの丘の北東約1kmの所にある15世紀の天文台跡。
1908年、土に埋もれていたこの遺跡をロシア人考古学者が発掘。
円い天文台跡と巨大六分儀の地下部分のみ残っている。
ウルグベクは恒星観測をもとに1年を365日6時間10分8秒と推測した。
現在の365日6時間9分6秒と大差ない事にビックリ。
まずは博物館へ。
涼しくて良い。
ウルグベクの肖像
かつての天文台の復元模型
地下にある巨大六分儀の模型
博物館向かいの巨大六分儀の地下部分を見に行きましょう。
入り口
巨大六分儀
これで色々分かるんだから凄いわ。
天文台跡入り口にあるウルグベク像。
次の目的地は歩いて行ける距離なので、暑いけど歩きましょう。
途中、メロンとスイカをトラックの荷台で売っていた。
旦那ちゃんはサクサク歩いてく。
ダニエル廟
丘の上にダニエル廟がある。
アフラシャブの丘の麓、小川のほとりにある霊廟。
紀元前3〜4世紀の聖人ダニエルを祀っている。
ダニエルの遺骨は一度国外へ持ち出されたが、ティムールが14世紀に持ち替えち、この土地に安置した。
伝説で100年ごとに遺骨が成長するとされていたので、墓の全長は18m。
どんだけ成長する設定!?
ここに来て設定がホラーだよ。
暑いので、休み休み。
小川の脇には聖水が湧き出ているらしく、地元の人もペットボトルなのに汲んでいた。
結構、冷たい。
旦那ちゃんは聖水でバシャバシャと顔を洗っていた。
私は少し飲んでみたけど、硬水のような味がした。
お腹が緩くなっても困るので、飲み過ぎ注意ね。
再びYandexで移動。
グル・アミール
タジク語で「支配者の墓」の意味。
ここにアミール・ティムールが眠っている。
廟への入り口
精緻なムカルナス様式
青いドーム
真っ白なムカルナス
めっちゃ細かい。。。
凄っ!!!!
アムール・ティムール
巨大な青のドームの下は黄金霊廟
天井までも金ピカ。
霊廟そのものに3kgの金が使われている。(1996年修復)
元々この廟は、ティムールの最愛の孫であり、王位継承者であったムハンマド・スルタンの戦死を偲んで造らせたもの。
その1年後にティムール自身も中国遠征の途中で急死し、ここに埋葬された。
ティムールの墓石は黒緑色のネフライトで造られ中央に置かれている。
これは墓標で実際の墓はちか3mで見学不可。残念。
ティムール自身は生まれ故郷のシャフリサーブスへの埋葬を望んでいたが、サマルカンドからシャフリサーブスへの山道は雪で閉ざされていた為、ここへ埋葬する事になったらしい。
春になったらシャフリサーブスに移してあげればよかったのにね、と思うけど。
ティムールでも叶わない願いがあるのね。
素敵な霊廟でした。
ルハバット廟
グル・アミールのすぐ近くにある霊廟。
ルハバットとは「霊の棲家」という意味。
預言者ムハンマドの遺髪を納めた箱もあるらしい。
うーん、グル・アミール見た後だと地味と思ってしまう。
見る順番を間違ったかしら?
ちょっと遠いけど、ティムール像。
ラウンドアバウトの真ん中にあり、交通量が多くて近づけ無さそうなので、遠目に見て終わり。
さて、一旦、スルーしたレギスタン広場へ向かいましょう。
Yandexを使ったら、メインの方ではなく、チケット売り場に近い裏口の方で降ろしてくれた。
お兄ちゃん、良い人ね。
チケットを買おうとしたら、お姉さんに
「国籍は?」
と聞かれたので、
「日本だよ。」
と答えると
「おしん!!!!私、おしんがすごく好きなの!!!!」
とかなり前のめり。
どうやら今ウズベキスタンでおしんが放送されているらしく、それに共感する所がありまくりらしく、だいぶ興奮気味に話していた。
お姉さん、ごめん。
日本人だけど、おしん世代ではない。。。
他の国でもおしんが好きと言われたことがあるので、今度、観てみるかな〜。
気を取り直して、まずは
シェルドル・メドレセ
17世紀にシャイバニ朝の君主ヤラングトシュ・バハドールにより建造。
シェルドルはタジク語で「ライオン」
虎にしか見えないライオンが鹿を追う様子が描かれている。
偶像崇拝禁止のイスラム教の教義に反するこの絵は、王の権力強さの誇示。
鹿は学問、ライオンは学問を追求する学生、人面太陽は王を表すという意味もあるらしい。
ティラカリ・メドレセ
ウルグベク・メドレセ
君主であり天文学者でもあったウルグベクによって建造
1420年、3年の歳月をかけレギスタン広場に最初に造られた。
メドレセ内には大きな中庭があり、それを囲むように2階建てのフジュラの小部屋が並んでいる。
ティラカリ・メドレセへ。
シェルドル・メドレセ完成後、すぐに建造開始。
1660年に完成し、今のレギスタン広場の形に。
ティラカリとは「金箔を施された」という意味。
礼拝堂は建設当時は5kgの金箔が使われた。
修復時にも3kgの金箔が使われた。
天井がドーム状に見えるが、最上部は平面。
遠近法を用いて描かれているらしい。
モスクなのでお祈りに来る人もいる。
手前のおばちゃんたちは綺麗にシンクロしている。
シェルドル・メドレセの中へ。
中に入ったけど、中庭がある感じ。
レギスタン広場を堪能し、暑いので一度宿へ戻る。
イスラム・カリモフ像
1991年ウズベキスタンがソ連から独立した際に初代大統領となった。
2016年に亡くなるまで、25年間統治。
昨日の夜に行ったアイス屋へ。
旦那ちゃんはお疲れだったようで、少し昼寝。
13:45
料理教室のツアーに参加するために、ツーリストインフォへ。
今回のガイド兼通訳の国立外語大の日本語学科の学生アジズと一緒に徒歩で出かける。
月曜は近くのショブバザールが休みなので、他の所でお買い物。
ウズベキスタンでは、お家に遊びに行く時にナンを持って行くのが決まりらしい。
ナンの数は偶数で。
お葬式などの時は奇数で持って行くらしい。
そんな訳で、2個お買い上げ。
しかも、日本人と分かると何故だかディスカウントしてくれた。
おっちゃん、ありがとう。
サマルカンドのナンはかなりずっしり。
ナンを持っていると更に国籍不明。
Yandexで15分くらいのお家へ家庭訪問。
簡単な挨拶をし、早速、お料理教室スタート。
用意されていたのは、ニンジンと玉ねぎと牛肉。
あと、黒いオイルと向日葵のオイル。
黒いオイルはウズベキスタンのって言ってた。
何が入っているのかは謎。
まずはオイル2種をドボドボと結構な量入れる。
そこに大きめの牛肉。
先生の横でニンジンを切る旦那ちゃん。
ナイフの切れ味は良くないらしい。
肉を焼くと言うよりかは、油で煮込む感じ。
ニンジンと玉ねぎを切る。
牛肉の入った鍋へ、切った玉ねぎを入れる。
ニンジンも少し入れる。
お嬢ちゃんが様子を見に来た。
残りのニンジンも全部入れる。
ニンジンは混ぜずに肉の上に置く感じ。
お湯を入れる。
ニンジンがヒタヒタになるくらいのお湯を入れる。
少し蓋をずらした状態で煮込む。
確か強火。
鍋を火にかけている間にサムサ作り。
小麦粉と生地が用意されている。
生地は小麦粉と塩と水の至ってシンプルなレシピらしい。
混ぜて寝かせるけど、今日は昨日仕込んでおいたものを使う。
3分クッキングみたい。
「では、寝かせたものがこちらです。」みたいな。
打ち粉をして生地を伸ばす。
途中、旦那さんから電話が。
捏ねて、畳んでを繰り返す。
棒を使って伸ばす。
慣れた手つきでどんどん薄く伸ばしていく。
ある程度伸ばしたら、畳む。
そして、また寝かせる。
2つ目の生地は自分たちで伸ばしてみようと言うことで、ヴィアヘーロ料理担当伸之、
いざ生地伸ばし!!!!
打ち粉が足りないのか、力加減が不味いのかベタベタくっついてしまう。
均等に横にも伸ばさなきゃと横向きに。
結果、
アナボコだらけの生地に。。。
うちらがギャーギャー言いながらやっていると先生が戻って来た。
生地を見るなり、
絶句。
「これは寝かせ直してナンにしよっか。。。」
と。
何だかスミマセン。。。
先ほど寝かせた生地を持って来て、溶かしバターを塗っていく。
お嬢ちゃんもママの手伝いをしたくて、ずっとちょっかいを出し続ける。
全体にバターを塗ったところで、端から巻いていく。
巻いたものを更に端からグルグルと巻いていく。
この状態でまた少し寝かせる。
寝かせたものをぶつ切りにして行く。
それを一つずつ掌で伸ばしていく。
玉ねぎ、クミン、塩胡椒などで味付けした肉を伸ばした生地の真ん中に置く。
三角形になるように生地を中央に集める。
天板に乗せ、溶き卵を塗り、ゴマをトッピング。
お手伝いしたいお嬢ちゃん、一緒にゴマをトッピング。
先ほどアナボコだらけになった生地もナンにするべく、成形。
オーブンで30分焼く。
サムサを焼いている間に、プロフ作りへ戻る。
お米は日本米のようなサイズ。
サマルカンドでは長粒種ではなく、短いお米を使うらしい。
洗ったお米を先ほどの鍋に。
混ぜずにお肉に蓋をするように乗せる。
お湯を入れる。
味付けは塩、胡椒、クミン。
ヒタヒタになるくらいのお湯。
お湯が飛ぶくらい火にかける。
スプーンで穴を開け、蒸気を逃すらしい。
サマルカンドのプロフは混ぜないで作るので、水気が飛ぶまで待つ。
仕上げは先生がやるとの事で、お茶でもしてて〜と言われた。
客間が豪華過ぎる件。
どこに座れば良いんだ?と思ったら、アジズが年長者がお誕生日席。
基本、メンズが日本で言う上座に座る。
女性はその後。
年が若くなるほど、下座へ座ると教えてくれた。
お茶をしながら、ウズベキスタンのあれこれや彼に関しての事など、色々聞いた。
アジズは元々、日本のアニメから日本語に興味を持ったらしい。
国立外語大を卒業したら、筑波大学の大学院へ進学したいとの事。
ウズベキスタンで筑波大学の名前を聞くとは。
未だに結婚相手は親が決めるので、なかなか恋愛結婚は難しい。
今、彼女がいるけど、結婚して、その彼女を一緒に日本へ行きたいと。
でも、親が反対したら別れなきゃいけないし、国外へ行くことも出来ないかもと。
何だか大変。
ウズベキスタンでは旅行する人も少ない。
海外はもちろん、国内旅行へ行くのも珍しいとの事。
でも、アジズは日本の色んなところを旅して周りたいと。
頭が良いと視野も広がり、色んな世界を見たくなるのだろうなぁ。
YouTubeで色んな情報を得ると言ってたし。
数年後、茨城で再会できたら良いな。
そんなこんな色々話していると、夕食の時間に。
サラダが2種類運ばれて来た。
普通に前菜として食べる揚げナスのサラダとプロフと一緒に食べる用のサラダらしい。
サラダの食べ分けをする国は初めてかも。
牛肉のプロフ サマルカンドバージョン
ご飯の上にニンジンと牛肉をトッピングするスタイル。
グチャグチャに混ぜる地域もある。
街ごとにプロフは違うらしいので、街ごとにプロフを食べるようにしているが、このプロフが一番美味しかった。
サムサ
バターは塗っているくらいなのに、サクサクのクロワッサンみたいな食感だった。
中の具材も美味しかった。
炭水化物多めでお腹いっぱい食事をしたところで、
謎の民族衣装タイムがやって来た。
着せられてる感が半端ない。。。
そして、めっちゃ強そう。。。
結婚後、1ヶ月間は家に色んな人がお祝いにやって来るので、この格好でお迎えするらしい。
最後に先生のファミリーと今回のガイドのアジズも一緒に記念撮影。
パパはお仕事の関係で間に合わなかったけど、お義父さんとお義母さんも一緒にみんなで。
そう言えば、家の中に結構大きな畑があった。
トマトなどの野菜を作っているらしい。
盛大にお見送りされ、家を後に。
あ〜、楽しかった♪
宿に戻り、レセプションのお兄ちゃんに
「今日はどうだった?」
と聞かれたから、家庭料理を習って来たよと言ったら驚かれた。
あまりそう言う事をする人がいないのかな?
お腹いっぱいで食べれなかったナンをお土産に貰ったので、お兄ちゃんにあげたら盛大に喜んでくれた。
穴ボコだらけの件も話したけれど、喜んでくれたので、凄く良い人ね。
観光に料理教室に盛り沢山だったので、さすがに疲れて早めの就寝。